ボイコット、ストライキの意味と語源―ボイコットされたボイコット大尉

9月 24th, 2014 | Posted by maggy in 小ネタ - (ボイコット、ストライキの意味と語源―ボイコットされたボイコット大尉 はコメントを受け付けていません)

こんにちは、maggy です。「今こそ民主主義を」―香港では 22 日より、大学 20 校以上の多数の学生が一週間に渡る授業のボイコットを行っています。次期行政長官選挙に民主派の立候補を認めない決定を下した中国に対する抗議活動です。

大学教員もこの授業ボイコットを支持する声明を発表し、期間中に教室の外で、民主主義に関する講義を学生向けに行う意向も表明したそうです。しばらく緊迫した状況が続きそうです。

さて、このボイコットという言葉。英語では boycott と書きます。考えや要求を実現させる目的で不買、拒否、排斥などを行うことですよね。

語源は、人名に由来するそうです。どんな人かというと、19 世紀のアイルランドで土地の管理人だったイギリス貴族のチャールズ・ボイコット大尉(Charles Boycott)です(左の画像の人物)。

農民の地代引き下げの要求に応じなかったボイコット大尉に対して、農民たちは一致団結して彼に抗議。彼の一家や関係者に対する労働と食料供給を拒否して、コミュニティで孤立させたのだとか。この出来事から、こうした事態を boycott と呼ぶようになったのだそうです。ボイコット大尉はアイルランドを去り、そのまま戻らなかったとか。

すると語源では排斥されたのがボイコット大尉だったはずですが、いつの間にか、排斥する側の運動のことが、ボイコットと呼ばれるようになったのですね。ボイコット大尉がボイコットされる……とは、よく考えたらちょっと不思議です。

似たような言葉でストライキ(strike)があります。こちらは、働いている人たちが自分たちの働く条件をよくするために、わざと仕事をしない行動のこと。ストと略すこともありますね。

ストライキの語源は、ストライキ大尉……ではありません。英語で to strike the sails = 帆を降ろすという表現がありますが、ロンドンの港にて、待遇に不満のある水夫たちが帆を降ろして船主に抗議したことに由来するのだそうです。

こうした言葉が日本語にはなく、翻訳された借用語だというのも興味深いですね。

photo : チャールズ・ボイコットの肖像画 – Wikipedia


kingdom は何と訳す? – 多義語のマスターも翻訳者のお仕事

9月 17th, 2014 | Posted by maki in 小ネタ - (kingdom は何と訳す? – 多義語のマスターも翻訳者のお仕事 はコメントを受け付けていません)

'King of Beasts' by  Thomas Hawk

こんにちは、maki です。TBS の『THE 世界遺産』を見ていました。アフリカ各地の世界遺産をダイジェストで紹介していましたが、ふと、『野生の王国』という番組を思い出しました。1963 年から1990 年まで放映された長寿番組。全部で 1050 回も放映されたんですね。TBS の系列局でもある MBS(毎日放送)の番組です。

『野生の王国』。なんとなくイメージは伝わるのですが、誰がその王国の王なんだろう、ライオン?……などと思っていました。ちょっと調べてみたのですが、『野生の王国』は、アメリカの動物番組 Wild Kingdom (1963 – 1988)の日本語版として放送されはじめたという歴史があるんですって。その日本語訳だったんですね。だったら、「百獣の王」(king of beasts)が支配する王国というイメージですかね?

この kingdom は、一般的には「王国」と訳すものですが、実はこんな意味もあるんです。animal kingdom という言葉があります。そのまま訳してしまうと「動物の王国」、「動物王国」になってしまいます。しかし、この kingdom は、文脈によっては日本語では「」と訳すのが正解です。つまり、「動物」 。となります。「動物」 の「」 は、「」や「芸能」の「」とは違った意味合いを持っています。

  • kingdom
    (自然界を三大区分した)界
    the animal [the plant, the mineral] kingdom
    動物[植物, 鉱物]界.
  • kingdom
    a realm or province of nature, especially one of the three broad divisions of natural objects:
    the animal, vegetable, and mineral kingdoms.
    出典 : Dictionary.com

動物」の他に「植物」、「鉱物」があるんですね。鉱物の王は金?植物は……うーん。kingdom を「王国」と考えるからいけないんですね。

てっきり

kingdom = king + dom(ain)(王+領土)

かと思ったのですが、

kingdom = king + -dom

どちらも古英語時代からある単語と接尾辞。-dom は、状態を表す接尾辞だそう。freedomwisdom にも使われています。

なぜ、kingdom を「」と訳したのかはよくわかりません。「女三界に家なし」という言葉があります。この「三界」は「欲」、「色」、「無色」という「」で構成される「全世界」を表す仏教用語だとのこと。自然界を 3 つ(動物界、植物界、鉱物界)に分けるのと似ているということで、「」を kingdom の訳語に当てたのかもしれないですね。

西洋の文物が大量に流入してきた時代にいろんな単語が日本語に翻訳されました。概念そのものが日本に存在していなかったものやことを訳出した当時の人たちの発想や知識には感心させられます。翻訳しようにも、その訳語がないわけですから、訳語を作り出さなければならないわけです。いまならそのままカタカナ表記でおしまいということもできそうですが、そうもいかなかったのでしょう。翻訳者はこういった多義語も知識として持っていないと仕事にならなさそうですね。

おまけ : 先ほどの wisdom ですが、 wis は、古英語の時代から使われているもので、「博学な」とか「教養ある」という意味を持ちます。ここから派生したのが wizard。元々の意味は、「哲人」、「賢人」。「魔法使い」は後に付け加わった意味のようです。

photo : “King of Beasts” by Thomas Hawk


スコットランド・ゲール語、スコットランド語、そしてスコットランド英語

9月 11th, 2014 | Posted by maggy in 小ネタ - (スコットランド・ゲール語、スコットランド語、そしてスコットランド英語 はコメントを受け付けていません)

こんにちは、maggy です。スコットランドで独立の機運が高まっています。独立の是非を問う住民投票は今月 18 日を予定。最新の世論調査では、独立賛成派が反対派を上回りました。

スコットランドは現在、英国を構成する 4 地域(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)の一つです。スコットランドはもともとは独立した王国で、およそ 300 年前に、イングランドに併合されました。

この動きについては経済への影響を中心に議論が活発ですが、ここは「スピード翻訳」のブログですので、今回はスコットランドの「言語」について、少しご紹介したいと思います。

さて現在、スコットランドの公用語は、英語とスコットランド・ゲール語の 2 つです。スコットランド・ゲール語(Scottish Gaelic)とは、スコットランドで話されるケルト系言語で、アイルランドのゲール語(アイルランド語)とよく似ています。「スコットランド・ゲール語」はゲール語で Gaidhlig na h-Alba と書きます。

スコットランド・ゲール語とはまた別に、スコットランド語(Scots)という言語もあります。こちらは 11 世紀半ば(前にご紹介した Norman Conquest 以降)から 15 世紀後半頃に話されていた中英語(Middle English)から分離した言葉で、現在の英語と似ているところも多くあります。例えば英語の music(音楽)は、スコットランド語で muisic という具合に、スペルが似ている単語もあります。

スコットランド・ゲール語とスコットランド語は、ともに今では話者が少ない少数言語ですが、現在スコットランドで最も耳にするのはスコットランド英語(Scottish English)です。スコットランドで一般的に使われている英語の方言のことですね。「スコットランドに行ったら、英語が全然聞き取れなくて驚いた」「英語圏の人ですら理解ができなかった」など、その訛りの強さについては、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

スコットランド英語の最大の特徴は、r の発音にあります。母音後(語末や子音前)の r を発音します。例えば bird「ビアド」となります(ちょっと巻き舌っぽくすると、より本格的に聞こえます)。またイントネーションにも特徴があり、平叙文でも上昇調で言います。

言語は文化の鏡ですから、独立の機運に乗って、こうしたスコットランドで話される言語への注目も高まりそうですね。

ところで、スコットランド・ゲール語を語源とする言葉が、わたしたちの身近にあることをご存知ですか? それはウイスキー。ゲール語の Uisge-beatha(ウシュクベーハー)が短縮された usque(水)を語源とし、命の水という意味になります。

なお、スコッチウィスキーは whisky、スコッチ以外のウイスキーは whiskey という具合に、英語ではスペルがちょっと異なるそうです。うーん、味わい深い!

おまけ :スコットランド産の whisky はもちろんのこと、カナダ産・日本産も whisky とつづられることが多いとか(詳しくは、こちらで)。ニッカウヰスキーの創業者の竹鶴政孝は、スコットランドでウイスキー作りを学んだんですって。だから当然、日本は この秋からの NHK 朝ドラ『マッサン』の主人公は、この竹鶴政孝。楽しみ♪
余談 : もうすぐ終わる『花子とアン』の主人公は翻訳家でもある村岡花子が主人公なのに一回も取り上げなかったですね……


「Food = 食べ物」ではない? 業界で異なる英語→日本語の翻訳

9月 5th, 2014 | Posted by maggy in 小ネタ - (「Food = 食べ物」ではない? 業界で異なる英語→日本語の翻訳 はコメントを受け付けていません)

こんにちは、maggy です。以前も少しお話しましたが、ただいま仕事で海外企業(欧州)のウェブサイトのローカライゼーションに携わっています。わたしはディレクションを担当しています。英語 → 日本語の翻訳は、翻訳者の専門家の皆さまにお願いしています。

現在制作しているのは、旅行関係のウェブサイトで、いよいよ日本版ローンチの大詰めです。しかし、そんなタイミングでデザイナーさんからこんな内容のメールが英語で届きました。

「すみません! “Food”って日本語でなんて言いますか? サイトで旅先の Best in Food を紹介するメニューアイコンの制作に必要ですが、翻訳の依頼リストから漏れてしまっていました。至急、教えてください。」

Food……? それは、人間にとっての最重要単語。乳児だって、ママとマンマと口にしてこそ生き延びていけるというものです。そんな英語学習の超初期段階で習得するような簡単な英単語の意味を、仕事で聞かれるとは!

「Food = 食べ物じゃないの?」「辞書でも引けば、すぐ出てくるのに」。一瞬、そんな風に思いました。でも、ちょっと待って! 旅行関係のウェブサイトのアイコンに「食べ物」はちょっと直接的すぎるように思われました。オシャレにカタカナで「フード」? あれ?

オンラインの英英辞書を引いてみると……

any nourishing substance that is eaten, drunk, or otherwise taken into the body to sustain life, provide energy, promote growth, etc.
(栄養のある物質で、食べたり、飲んだり、または体内に吸収できるもの。生命を維持したり、エネルギー補給したり、成長を支えるもの。)

…とあります。2 番めには、「主に固形物」と書いてあったのですが、広義では「食べ物」だけでなく、「飲み物」も含まれるんですね。

なるほど……だとすると、それでは他の旅行関連のサイトはどうなっているのでしょうか。急いで 10 社ほどウェブサイトを確認してみたら……。お気付きでしょうか。おいしい食に関する情報は「グルメ」と書いてあったのです。グルメと書けば飲み物も入るし、「食べ物」よりおいしそうな感じがしますよね。こういう言葉を使うのか! と納得しました。

旅行関係のウェブサイトでは「Food = 食べ物」ではない。この発見のために、実に 1 時間もかかってしまいました。翻訳者の皆さんは、それぞれのご専門を持っていますが、こうした業界ごとの言葉遣いも熟知しているのだと、改めて気付かされました。

ちなみに釣りのサイトなんかだと Food = エサ、園芸サイトなんかだと Food = (植物の)肥料になるんでしょうかね。うーん、奥が深いです。

おまけ :「スピード翻訳」には、商業・PR 関係の翻訳は多数ご依頼があります。各業界に精通したプロ翻訳者にお任せください。

photo : “Event food” by faungg’s photo


東西ってどんなモノ?――中国語の東西南北

9月 1st, 2014 | Posted by liang in 小ネタ - (東西ってどんなモノ?――中国語の東西南北 はコメントを受け付けていません)

'東南西北 中發白' by PhotoInko

こんにちは!liang です。方角を表す「東」「西」「南」「北」は日中で共通する語ですが、「房東」という漢字を見て、どんな意味を思い浮かべますか?

ヒント:中国語の「」は建物、部屋などといった意味があります。……どうでしょうか? わたしが中国語の「房东」(「」は「東」の簡体字)を最初に見たときには、単純に建物の東側のことだと思いました。

正解は家主、大家の意味です。賃貸アパートの大家さんも「房东」です。また、株式会社の株券は中国語で「股票」と言いますが、株主は「股东」です。なぜ「」なのでしょう。

中国語「东」には「あるじ、主人」という意味もあるのです。日本語の感覚だとぴんと来ませんね。昔、主人は東側、客は西側に位置した(座った)ことから来ているのだそうです。ほかに「宾东」(客と主人。「」は「賓」の簡体字)、「店东」(店主)といった語もあります。

また、「东西」という語もあります。「dōng」(「ドンシー」のように発音)と読めば日本語と同じく「東と西」の意味ですが、「dōngxi」(「ドンシ」のように発音)と読むと「モノ」の意味で、英語 thing の訳語にもなります。「買い物(をする)」は「买东西」です(「」は「買」の簡体字)。この「东西」は口語で大変よく使われますので、覚えておいて損はありません。なお、モノを表す「东西」の語源には諸説あるようです。

中国語「指南」は指針という意味です。日本語でも使う言葉なので分かりやすいですね。書名などで《~指南》のように用いると、『~の手引き』『~ガイド』の意味になります(《 》は書名を表す)。中国の書店で旅行ガイドを探すときは「~旅游指南」が目印です。ちなみに、この「指南」は「指南车」から来ているのだそうです(「」は「車」の簡体字)。

败北」(敗北)の「」はどういう意味なのでしょうか。『現代漢語詞典第 6 版』(商務印書館)によれば「」はもともと二人が互いに背を向けるという意味であり、戦争で負けて、敵に背を向けて逃げることを「败北」と呼んだのだそうです。

『広漢和辞典』(大修館書店)の「北」の項には「…人は多くの場合、明るい南方に面して坐立するので、そのとき背にする方が、きたであるところから、北方の意を表す」とあります。中国では「北極星」を「天の中心」と見立てた……という思想に由来するようですね。「天子南面」という言葉があります。これは、皇帝は「天の中心」、つまり「北極星」であると見立てて、北に配置されます。つまり「天子する」わけです。家臣はその皇帝を南側から見上げるという意味で「臣下北面」と言います。

さて、中国語では「方角」の意味でよく「东南西北」と言いますが、日本語ではふつう「東西南北」と言いますよね。順番が違います。中国語の「东西南北」には四方八方、あらゆる場所といった意味があるので、方角というよりも広がりのイメージになるのでしょうか。東西と南北はそれぞれ対立する概念ですから、「春夏秋冬」で季節を表すのなら、方角は中国式に「東南西北」で表すほうが合っているような気もします。

マージャンをやる人は東南西北(日本のマージャン用語で「トン・ナン・シャー・ペー」と読む)という並びに違和感はないかもしれません。中国語では「ドン・ナン・シー・ベイ」のように発音します。

ところで、わたしが「房东」を見て意味が分からなかったように、中国人が日本語の「男前」を見ても、最初はきっと分からないでしょうね……。

photo : “東南西北 中發白” by PhotoInko


ヒミツの英語―非公開、機密情報、オフレコ

8月 28th, 2014 | Posted by maggy in 小ネタ - (ヒミツの英語―非公開、機密情報、オフレコ はコメントを受け付けていません)

こんにちは、maggy です。東京電力福島第 1 原発事故で、所長として現場の指揮を執った吉田昌郎氏の聞き取り調査をまとめた「吉田調書」。これまで非公開だったこの資料が、9 月にも公開されることになりました。

これまでは故・吉田氏本人の意向で非公開でしたが、既に複数の報道機関が内容を報じている現状を受けての政府の決断とのこと。例えば朝日新聞は、入手した調書とその英語翻訳をオンラインで公開しています(The Yoshida Testimony – The Asahi Shimbun Digital)。

さて、非公開の情報や記録、資料を「公開する」「公表する」は、英語では disclosemake public という動詞が使われます。
※ 「非開示契約(秘密保持契約)」を意味する NDA。この disclose の名詞形の disclosure は、Non-Disclosure Agreement にも含まれてますね

Late Fukushima nuclear plant chief’s testimony may be made public

Yoshida testimony on Fukushima nuclear accident may be disclosed after all

ついでに、「秘密」にまつわる英語表現をご紹介します。

confidential agreement = 秘密保持契約書
closed-door meeting = 密室会談

また、「オフレコで」という言葉を聞いたり使ったりしたことがありますか。これは、off the record という英語表現に由来する言葉です。record = 記録する、なので、記録を off にする、つまり「記録しない / 非公開」という意味になります。

英語では会話のはじめに “Let’s go off the record.” (オフレコでいこうか)と断りを入れたり、途中で、“This is off the record“. (このことはオフレコで)と念を押したりします。いかにもな「和製英語」なので使いはしないでしょうが、英語で「オフレコ」にしたい話題は、off the record で。

仕事で非公開の情報や資料の翻訳を扱う方は、うまく使いこなしましょう。

おまけ :「スピード翻訳」の登録翻訳者の全員とスピード翻訳株式会社は、秘密保持契約を締結しております。また、意図の有無にかかわらず情報流出が発生しないように情報の保全を常に念頭において作業するよう指導しております。また、実際の担当翻訳者に見られたくない個人情報や数値情報、社名などを伏字にして案件をご依頼いただくこともできます(担当翻訳者だけが、伏字処理されていない原稿を閲覧でき、翻訳の作業をおこないます)。

photo : “folder-14” by DaveBleasdale


中国の人は『魏志倭人伝』もすらすらと読める?

8月 26th, 2014 | Posted by maki in 小ネタ - (中国の人は『魏志倭人伝』もすらすらと読める? はコメントを受け付けていません)

'壱岐 一支国 2011_161' by  MIXTRIBE

こんにちは、maki です。前々から疑問に思っていたことがありました。中学・高校時代に学んだ漢文。現代中国語と文法的に似ている部分があります。昔の中国の人が書いた文章なのだから、当たり前だと思われるかもしれませんが、時代により支配民族の出身地は大きく変わっていますし、時代がかけ離れている場合には当然何らかの変化はあるでしょう。日本人にとっての古文は文法的にも語彙的にも現代文とはずいぶん違います。とはいえ、漢文は現代中国語に似ていると思うのです。たとえば、「」。これは、日本語なら「私はあなたを愛しています」ですよね。中国語なら文法的には、

主語 + 動詞 + 目的語 (S + V + O)

……という語順ですが、日本語の場合は、

主語 + 目的語 + 動詞 (S + O + V)

……となります。この語順の違いは、漢文を学んだときにも学びましたよね。漢文に付記された「レ点」(れてん)や「一二点」(いちにてん)を頼りに語順を再構成し、ようやくわたしたちは漢文が読めたわけです。そして、そのための勉強もしました。

それを考えると、現代中国語と漢文には文法的な共通点はかなり多そうです。わたしは現代中国語を勉強したことはないので、あくまでも妄想ではありますが……現代中国語の文法も『魏志倭人伝』のような 3 世紀末の中国で書かれたものの文法でもそんなに大きな違いはないのではないか……だったら、中国の人はすらすらと古典を読むことができ、その学習にも日本人ほどの時間を要さないのではないだろうか……そして、どの程度理解することができるのだろうか……ということをもわもわと妄想していました。

そこで、テストをおこなってみました。歴史には興味のない中国人と日本人を被験者に、『魏志倭人伝』の一説を読ませてみました。ちょっとしたいたずら心もあり、オリジナルに近い形で、段落、句読点なしのものを用意しました。具体的には、この一節です。「卑弥呼」の名前の登場する有名な部分ですね。

其國本亦以男子爲王住七八十年倭國亂相攻伐歴年乃共立一女子爲王名曰卑彌呼事鬼道能惑衆年已長大無夫壻有男弟佐治國自爲王以來少有見者以婢千人自侍唯有男子一人給飲食傳辭出入居處宮室樓觀城柵嚴設常有人持兵守衛

句読点のない文章は、なんとも読みづらいですね。どこからどこまでが一文なのかも不明瞭で、レ点を打つのも困難。しかし、原典はこんな感じです(日本でも句読点が使われはじめたのは明治時代のことです)。で、タスクとしては、

  1. 句読点を打つべき場所を示せ
  2. 意味のわからないところに印をつけろ

の 2 点です。

中国人の同僚に紙を渡したところ、何の迷いもなく、サクサクと文章を区切っているようです。見ていると、感動的ですらあります。数分で作業完了。結果的には、明らかなミスがひとつ。ケアレスミスでひとつ。日本人の同僚の方は、区切りにも四苦八苦している様子……。単語や文字で理解できないものがいくつかありました。そう言えば、中国人の同僚のほうには、結果的には、意味のわからない単語に印がついていなかったな……と思い聞いてみたところ、わからない単語はなかったそうです。固有名詞の「卑弥呼」ですら知っていました(テレビで見たことがあるんだそうです)。中国人の圧勝です。問題なく読めるだろう……という風に思いはしますが、3 世紀のテキストが現代人でも苦もなく読めるというのは、うらやましい限りです。

元々、明確な正解がないものなので、文献ごとに区切りの解釈は異なりますが、大体こんな感じです(補足で口語訳も付記しました)。

其國、本亦以男子爲王、住七八十年。
倭國亂、相攻伐歴年、乃共立一女子爲王。
名曰卑彌呼。
事鬼道能惑衆。
年已長大、無夫壻、有男弟、佐治國。
自爲王以來、少有見者、以婢千人自侍。
唯有男子一人、給飲食、傳辭出入居。
處宮室、樓觀、城柵嚴設、常有人、持兵守衛。

(現代語訳)
其の国は、元々は男子を王として、70 – 80 年を経た。
倭国で騒乱が起き、戦いは長年にわたったため、一人の女性を王に立てた。
名を卑弥呼と言う。
(卑弥呼は)鬼道を祭祀して、人心を惑わした。
既に高齢で、夫は持たず、弟が国の支配を補佐した。
王位に就いて以来、人と会うことはほとんどなく、1000 人の侍女が仕えていた。
一人の男子だけが飲食の世話や取次ぎをしていた。
宮室は、楼観、城柵で守られ、常に人がおり、多数の兵士に守られていた。

中国人いわく、「文法的に異なる部分もある」と言うんですが、日本人からしてみれば「ほとんど同じ?」としか思えないレベルに感じました。現在中国本土で使われている文字は、簡体字という簡略化された文字ですが、学校教育で繁体字(画数の多い旧字体)も学ぶのだそうです。なので、文字についても問題なし。歴史や古来からの思想に興味のある人は、古典をそのまま読んでいるんだそうです(句読点は付与されているとは思いますが)。しかも、現在の中国語で使われている簡略化された文字(簡体字)ではなく、旧字体で。現在でも台湾などでは、画数の多い旧字体(繁体字)が使われています。台湾人の知り合いにも読んでもらいましたが、句読点の打ち方はほぼ問題なし。用語に関しても特に問題なし。
※ 実際には、『魏志倭人伝』には、多くの植物などの名前も含まれているので、そういう語彙に関しては注釈がないと厳しい部分はあるのかもしれません

日本人がいわゆる漢文を読むには、白文(漢字のみ)はかなり読みにくいですし、レ点や一二点がないと訓読も難しい。じゃあ、日本語の古典なら……というとこれも文法の違い(活用や係り受けとか面倒ですね)などのハードルもあります。歴史の長い中国に伝わる古典は数限りなくあります。そういった書籍に障害がなく接することができるというのはいいなあと思いますね。

おまけ : ついでに日本書かれた漢文の古典である『日本書紀』のイザナギとイザナミが黄泉の世界で再開するくだりも中国人の同僚に読んでもらいましたが、これは難解な部分も多くあったようで、理解度 60% 程度かな……と言っていました。まず、「伊弉諾」(イザナギ)とか「イザナミ」(伊弉冉)という固有名詞もありますし、名詞であっても現代にはないものなども含まれるので、難易度は高いようです。『日本書紀』を実際に誰が書いていたのかということなんですが、巻によって、渡来人と日本人が書いたものがあり、語彙や語法に倭習(日本風)があるものは日本人によって書かれたのではないかという研究もあるようです。このイザナギ・イザナミのくだりは、日本人が書いたものに分類されているようで、それであれば昔の中国人が書いた『魏志倭人伝』は読みやすくても、漢文を外国語として学んだ日本人が書いた『日本書紀』だと、読みやすさに差が出てもおかしくないですね。

photo : “壱岐 一支国 2011_161” by MIXTRIBE


翻訳を手配する・翻訳を依頼するときに便利な英語表現

8月 22nd, 2014 | Posted by maggy in 小ネタ - (翻訳を手配する・翻訳を依頼するときに便利な英語表現 はコメントを受け付けていません)

こんにちは、maggy です。先日、仕事で海外企業(欧州)のウェブサイトのローカライゼーションに携わっていることについて書きました。わたしはディレクションを担当しています。英語 → 日本語の翻訳は、翻訳者の専門家の皆さまにお願いしています。

さて、この仕事のやりとりで、先方(海外企業)から翻訳の手配を依頼されることがよくあります。本日は、その際に使う便利な英語表現をご紹介したいと思います。

まず先方が「これ(ファイルなど)を翻訳してください」と言うとき。まずは、下記のような英文を想像されるのではないでしょうか。

Please see the file attached.
Can (Could, Would) you translate it?

しかし、現場では下記のような表現がよく使われています。

Can (Could, Would) you get it translated?

「get + 目的語 + 過去分詞」や「have + 目的語 + 過去分詞」という英語表現を覚えていますか。自分が直接ではなく、他者に間接的に何かしてもらったときに使う表現です。

例えば下記の例文を見てください。

I repaired the car. : わたしは車を直しました。
I got the car repaired. : わたしは車を直してもらいました。

I cut my hair. : わたしは髪を切りました。
I had my hair cut. : わたしは髪を切ってもらいました。

日本語では自分でした場合も他者にしてもらった場合も、どちらも「車の修理をした」「髪を切った」と言えます。しかし英語で直訳すると、「え、全部自分でやったの!?」と、日曜大工が大好きなアメリカ人もびっくりな「DIY」になってしまうんですよね。

ちなみに get はより口語的なくだけた表現で、have はよりフォーマルな表現です。

また、get他人に依頼するときだけではなく、自分でやるときも使います。have のときは他人に依頼するときのみに使います。

さて、仕事の話に戻ります。先方はわたしが直接翻訳するのではなく、翻訳を手配する係だと知っているので、下記のような言い方をするのですね。

Can (Could, Would) you get it translated?
これを翻訳してもらってくれませんか?

翻訳を引き受けるときも、下記のような返答しています。

All right. I will get it translated by next week.
わかりました。来週までに翻訳をしてもらいます(翻訳の手配をします)。

翻訳する書類がなかなか届かないときは、催促しましょう。

Did you send your documents to have translated?
翻訳(の手配)が必要なファイルを送りましたか?

翻訳の手配が必要なとき、お急ぎのときは、「スピード翻訳」の「スピード翻訳」をご利用くださいね。もちろんその際には、今回ご紹介したような表現は不要です♪

photo : “Do It Yourself Boy” by Randen Pederson


英語の神さま、日本語の神さま

8月 20th, 2014 | Posted by maki in 小ネタ - (英語の神さま、日本語の神さま はコメントを受け付けていません)

'greek god' by  Giovanni

英語では、「神」のことを God と言います。日本では「神」は、過去において一時期ある人たちからは「でうす」と呼ばれていました。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、キリスト教の伝来したころの話です。フランシスコ・ザビエルらの宣教師が、キリスト教の布教をするときに「デウス」を信仰するよう当時の日本人に伝えたようです。この「デウス」は、ラテン語の Deus をそのまま日本に持ち込んだものです。この「デウス」がギリシャ神話の「ゼウス」と音韻がとてもよく似ていて、その関係がどうなのかが前からとても気になっていました。
※ 「でうす」から「だいうす」と変化し、京都には昔「だいうす町」という地名もあったようです

元々、deus は本来「ひとりの男神」を表す言葉だったようです。その起源は、インド・ヨーロッパ祖語の *dyēus (ディヤウス)にあり、プロト・インド・ヨーロッパ人の多神教の最高神を指し示す言葉であったようです。それを源に、ギリシア語の ΖΕΥΣ ( = Zeus)となったり、ラテン語の deus となりました。

ギリシャ神話はみなさんもご存知のように、たくさんの神々が登場します。その最高神である「ゼウス」と、一神教であるキリスト教の「デウス」が結びつかなくて、それが以前から気になっていたのです。なるほど、「デウス」と「ゼウス」の語源が一緒だったのですね

先ほど deus と書きましたが、大文字で書く Deus は実は違うものです。Deus は、キリスト教の広まりとともに、一神教の唯一神を意味するようになりました。多神教の神は deus とは区別されたようです。

さて、英語の話です。英語では、God なわけですが、これはラテン語起源の言葉がイギリスに伝わる前から使われていた歴史の古い言葉です。この昔の英語、古英語の起源はドイツ、オランダあたりの言葉と源流は同じです。そのため、現代でもドイツ語では Gott、オランダ語では God と言います。

つまり、昔イギリスに住んでいた人たちは、自分たちの使い慣れた God で、キリスト教の唯一神を呼ぶようになったんですね。「かみ」もそうですが、「やま」や「かわ」など、身近なものほど古い言葉の名残は残りやすいものですが、英語においても慣れ親しんだ単語に言語の歴史が残っているんですね。
※ 英語にも Godgod でもラテン語同様、前者は唯一神、後者は多神教のひとりの男神という使い分けになっています

おまけ :このあたりの英語の歴史的な話題は、「海=「くじらの道」…歴史ロマンあふれる英語のご先祖さま「古英語」の表現」でもご紹介していますので、合わせてお読みいただくといいでしょう。

photo : “greek god” by Giovanni


海=「くじらの道」…歴史ロマンあふれる英語のご先祖さま「古英語」の表現

8月 13th, 2014 | Posted by maggy in 小ネタ - (海=「くじらの道」…歴史ロマンあふれる英語のご先祖さま「古英語」の表現 はコメントを受け付けていません)

こんにちは、maggy です。お盆の時期は、故人やご先祖さまに思いを馳せ、感謝する時間を取りたいですね。

さて、このブログではこれまでも、英語の語源や言葉の歴史の小話をお届けしてきました。改めましてこの度は、『クリスタル:英語史入門(Crystal The History of English)』(David Crystal 著/久保内瑞郎 編/山縣宏光 編、金星堂、1993)を紐解き、英語のご先祖さまについて調べていました。ちょっとご紹介します。

英語の原型となるのが、Old English(古英語)と呼ばれる言葉です。AD 449 年、現在のオランダ、ドイツ、デンマークから海を渡ってやってきたアングロ人やサクソン人、ジュート人の侵略によってブリテン島(イギリス)にもたらされました。Anglo-Saxon(アングロサクソン語)とも呼ばれます。

現代英語のうち使用頻度の高い 2 万語において、この本来語となる Old English の占める割合はたった 2 割ほどだとか。残りの約 8 割が、後のヨーロッパ大陸からの侵略の歴史の中で流入したラテン語フランス語ギリシア語などからの借用語になるそうです。

日本語では大和言葉と漢語という言語が交じり合っていますよね。それと比較すると、現代まで生き残っている古英語時代の英語は相当少ないと言えます。今回掲載した写真は、11 世紀(日本で言えば平安時代後期)に書かれた「主の祈り」。17 世紀(日本で言えば江戸時代前期)に書かれた「主の祈り」とちょっと比較して見ると……

11th Century version

Fæder ure þu þe eart on heofonum;
Si þin nama gehalgod
to becume þin rice
gewurþe ðin willa
on eorðan swa swa on heofonum.

17th Century version

Our Father, which art in heaven,
hallowed be thy name;
thy kingdom come;
thy will be done,
in earth as it is in heaven.

左が古英語、右が 17 世紀の英語。似ているといえば、似ているようにも見えます。いちばんわかりやすいのは、Fæder = Father でしょうか。これは古英語時代からの生き残りと言えます。

今こそ存在感は薄いものの、この Old English(古英語)の言葉の特徴というのが、なかなか興味深いです。まず、neata ( = cattle) や swefn ( = dream / sleep) という単語あたりは、全く想像もつかないほど現代英語と異なりますが、beor( = beer) なんかは現代英語と似ています。そう、現代英語の beer も、古英語の生き残りのようです。

さらに特徴的なのが、この時代の詩や文学において、古英語ではある事象を 2 つ以上の言葉を組み合わせた比喩のような造語で表現する、という点です。

例えば、下記の 3 語の例を見てみましょう。

現代英語 (日本語訳) = 古英語 古英語の現代語訳 (日本語訳)
sea (海) = hronrad whale-road (くじらの道)
person’s body (人間の体) = banhus bone-house (骨の家)
sword (剣) = beadoleoma battle-light (戦いの光)

つまり古英語では、を「くじらの道」、人間の身体を「骨の家」、を「戦いの光」と表現していたというのです。
※ 古英語の起源はゲルマン祖語。そこから派生したのが現在の英語、ドイツ語、オランダ語、北欧諸言語が含まれます。そう考えると、banhusbanbone (オランダ語でも “bone”)とつながりがありそうですし、hushouse (オランダ語では “huis”、ドイツ語では “Haus”)と関係がありそうです

ビールを浴びるように飲み、くじらを眺めながら海を渡ってやってきた、戦う民族。言葉を通して、そんな世界観を垣間見たような気がしました。言葉の歴史って、ロマンがありますね。

ええと、なんの話をしていたんですっけ。そうそう。ご先祖さまの話です。わたしたちって、ご先祖さまのあらゆるロマンの重ね合わせで生まれてきたんですよね。10 代遡れば 1024 人の命が関わっているわけです。こちらの歴史も壮大ですね。

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photo : “Lord’s Prayer in Old English” by Mackenzi