中国の人は『魏志倭人伝』もすらすらと読める?

8月 26th, 2014 | Posted by maki in 小ネタ

'壱岐 一支国 2011_161' by  MIXTRIBE

こんにちは、maki です。前々から疑問に思っていたことがありました。中学・高校時代に学んだ漢文。現代中国語と文法的に似ている部分があります。昔の中国の人が書いた文章なのだから、当たり前だと思われるかもしれませんが、時代により支配民族の出身地は大きく変わっていますし、時代がかけ離れている場合には当然何らかの変化はあるでしょう。日本人にとっての古文は文法的にも語彙的にも現代文とはずいぶん違います。とはいえ、漢文は現代中国語に似ていると思うのです。たとえば、「」。これは、日本語なら「私はあなたを愛しています」ですよね。中国語なら文法的には、

主語 + 動詞 + 目的語 (S + V + O)

……という語順ですが、日本語の場合は、

主語 + 目的語 + 動詞 (S + O + V)

……となります。この語順の違いは、漢文を学んだときにも学びましたよね。漢文に付記された「レ点」(れてん)や「一二点」(いちにてん)を頼りに語順を再構成し、ようやくわたしたちは漢文が読めたわけです。そして、そのための勉強もしました。

それを考えると、現代中国語と漢文には文法的な共通点はかなり多そうです。わたしは現代中国語を勉強したことはないので、あくまでも妄想ではありますが……現代中国語の文法も『魏志倭人伝』のような 3 世紀末の中国で書かれたものの文法でもそんなに大きな違いはないのではないか……だったら、中国の人はすらすらと古典を読むことができ、その学習にも日本人ほどの時間を要さないのではないだろうか……そして、どの程度理解することができるのだろうか……ということをもわもわと妄想していました。

そこで、テストをおこなってみました。歴史には興味のない中国人と日本人を被験者に、『魏志倭人伝』の一説を読ませてみました。ちょっとしたいたずら心もあり、オリジナルに近い形で、段落、句読点なしのものを用意しました。具体的には、この一節です。「卑弥呼」の名前の登場する有名な部分ですね。

其國本亦以男子爲王住七八十年倭國亂相攻伐歴年乃共立一女子爲王名曰卑彌呼事鬼道能惑衆年已長大無夫壻有男弟佐治國自爲王以來少有見者以婢千人自侍唯有男子一人給飲食傳辭出入居處宮室樓觀城柵嚴設常有人持兵守衛

句読点のない文章は、なんとも読みづらいですね。どこからどこまでが一文なのかも不明瞭で、レ点を打つのも困難。しかし、原典はこんな感じです(日本でも句読点が使われはじめたのは明治時代のことです)。で、タスクとしては、

  1. 句読点を打つべき場所を示せ
  2. 意味のわからないところに印をつけろ

の 2 点です。

中国人の同僚に紙を渡したところ、何の迷いもなく、サクサクと文章を区切っているようです。見ていると、感動的ですらあります。数分で作業完了。結果的には、明らかなミスがひとつ。ケアレスミスでひとつ。日本人の同僚の方は、区切りにも四苦八苦している様子……。単語や文字で理解できないものがいくつかありました。そう言えば、中国人の同僚のほうには、結果的には、意味のわからない単語に印がついていなかったな……と思い聞いてみたところ、わからない単語はなかったそうです。固有名詞の「卑弥呼」ですら知っていました(テレビで見たことがあるんだそうです)。中国人の圧勝です。問題なく読めるだろう……という風に思いはしますが、3 世紀のテキストが現代人でも苦もなく読めるというのは、うらやましい限りです。

元々、明確な正解がないものなので、文献ごとに区切りの解釈は異なりますが、大体こんな感じです(補足で口語訳も付記しました)。

其國、本亦以男子爲王、住七八十年。
倭國亂、相攻伐歴年、乃共立一女子爲王。
名曰卑彌呼。
事鬼道能惑衆。
年已長大、無夫壻、有男弟、佐治國。
自爲王以來、少有見者、以婢千人自侍。
唯有男子一人、給飲食、傳辭出入居。
處宮室、樓觀、城柵嚴設、常有人、持兵守衛。

(現代語訳)
其の国は、元々は男子を王として、70 – 80 年を経た。
倭国で騒乱が起き、戦いは長年にわたったため、一人の女性を王に立てた。
名を卑弥呼と言う。
(卑弥呼は)鬼道を祭祀して、人心を惑わした。
既に高齢で、夫は持たず、弟が国の支配を補佐した。
王位に就いて以来、人と会うことはほとんどなく、1000 人の侍女が仕えていた。
一人の男子だけが飲食の世話や取次ぎをしていた。
宮室は、楼観、城柵で守られ、常に人がおり、多数の兵士に守られていた。

中国人いわく、「文法的に異なる部分もある」と言うんですが、日本人からしてみれば「ほとんど同じ?」としか思えないレベルに感じました。現在中国本土で使われている文字は、簡体字という簡略化された文字ですが、学校教育で繁体字(画数の多い旧字体)も学ぶのだそうです。なので、文字についても問題なし。歴史や古来からの思想に興味のある人は、古典をそのまま読んでいるんだそうです(句読点は付与されているとは思いますが)。しかも、現在の中国語で使われている簡略化された文字(簡体字)ではなく、旧字体で。現在でも台湾などでは、画数の多い旧字体(繁体字)が使われています。台湾人の知り合いにも読んでもらいましたが、句読点の打ち方はほぼ問題なし。用語に関しても特に問題なし。
※ 実際には、『魏志倭人伝』には、多くの植物などの名前も含まれているので、そういう語彙に関しては注釈がないと厳しい部分はあるのかもしれません

日本人がいわゆる漢文を読むには、白文(漢字のみ)はかなり読みにくいですし、レ点や一二点がないと訓読も難しい。じゃあ、日本語の古典なら……というとこれも文法の違い(活用や係り受けとか面倒ですね)などのハードルもあります。歴史の長い中国に伝わる古典は数限りなくあります。そういった書籍に障害がなく接することができるというのはいいなあと思いますね。

おまけ : ついでに日本書かれた漢文の古典である『日本書紀』のイザナギとイザナミが黄泉の世界で再開するくだりも中国人の同僚に読んでもらいましたが、これは難解な部分も多くあったようで、理解度 60% 程度かな……と言っていました。まず、「伊弉諾」(イザナギ)とか「イザナミ」(伊弉冉)という固有名詞もありますし、名詞であっても現代にはないものなども含まれるので、難易度は高いようです。『日本書紀』を実際に誰が書いていたのかということなんですが、巻によって、渡来人と日本人が書いたものがあり、語彙や語法に倭習(日本風)があるものは日本人によって書かれたのではないかという研究もあるようです。このイザナギ・イザナミのくだりは、日本人が書いたものに分類されているようで、それであれば昔の中国人が書いた『魏志倭人伝』は読みやすくても、漢文を外国語として学んだ日本人が書いた『日本書紀』だと、読みやすさに差が出てもおかしくないですね。

photo : “壱岐 一支国 2011_161” by MIXTRIBE


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