「ペキン」はどこ?中国語地名の日本語読み方が中国現地で通じない?

2014/06/25 | Posted by Stella in 小ネタ

'The Infinity of China' by Trey Ratcliff

こんにちは、Stellaです。中国は、その国土の広さについてはみなさんもご存じでしょう。その国土は、23 の省、5 つの自治区、4 つの直轄市、2 つの特別行政区に分けられ、合計 34 の行政区で構成されています。さらに、各省と自治区の下で市が何十も存在しています。日本人がこれらすべての地名を正しく読むのは中国通であってもかなり難しそうです。

'Melbourne Airport' by Christoper

北京ペキン)や上海シャンハイ)であれば、多くの方の回答は「知っています!」となるでしょうね。しかし、「ペキンに行ってみたい!」と、中国人に言っても……、「えっ?どこですか?」となってしまうかも?中国人でも日本語を学習したことがある人であればそんなこともないでしょうけど、中国からの単なる観光客だったりすると「えっ?どこですか?」となってしまうかもしれません。

中国人にとっては、「ペキン」という街は存在しないのです。北京の正しい読み方は bĕi jīng(ベイジン)なのです。ちなみに、英語の場合では、正しい発音に従って、Beijing と綴られます。空港の行先表示で見たことがあるかもしれませんね。

大連(だいれん)は dà lián(dài lián)なので、日本語とかなり近いのですが、そうした地名は非常に少ないのが実情です。例えば、

天津てんしん) → tiān jīn ≒ ティエンジン(英語 : Tianjin)

済南さいなん) → jì nán ≒ ジーナン(英語表記 : Jinan)

となります。

それぞれの地名には、それぞれの歴史があります。中国の歴史の中で、地名が何回も変更されたところもあります。例えば、北京は、戦国時代に「戦国の七雄」(戦国七大国 : 韓、魏、趙、斉、燕、楚、秦)がありましたが、現在の北京は当時は燕国の首都。「」と呼ばれていました。時代が下って、現在では北京と呼ばれるわけですが、途中経過をまとめてみると……

(A.D. 916 – 1125) : 燕京
(A.D. 1115 – 1234) : 中都
(A.D. 1271- 1368) : 大都
(A.D. 1368 – 1644) : 北平北京

明の第三代皇帝・永楽帝が即位した後まもなく、反対勢力を徹底的に弾圧するために「北平」を「北京」と改称し、首都を「南京」から「北京」に遷都しました。これが歴史的に有名な「永楽遷都」です。これ以降、現在に至るまで「北京」と呼ばれています(厳密には、中華民国時代、中華人民共和国時代に北平と北京の間で何度か改称されています)。

また、永楽遷都のすこし前に朱棣(後の永楽帝)が皇帝の座を奪うために、当時の首都としての南京に住んでいる自分の甥(建文帝)に戦を仕掛けました。そのときに、朱棣(永楽帝)の軍がある場所に集結しました。その場所を記念するために、後に「天津」という名前を付けたのです。本物の「天子」( = 皇帝)が渡った「」( = 港)ということで、「天津」と命名したのだそうです。中国には、こんな歴史上の政変と関係のある地名は多いのですが、これは全世界共通かもしれませんね。

もうすこし、詳しく中国の地名(住所)を見てみましょう。日本の区や市、町のような街区区分があります。北京であれば、「東城区」、「西城区」、「朝陽区」などの「」( = 区)があり、「崇文门外街道」、「前门街道」、「永定门外街道」などの「街道」( = 町)があり、さらに「花市大街」、「前门大街」、「建外大街」などの「大街」( = 丁)があります。日本とはすこし違う部分もありますが、なかなか興味深いシステムです。

そう言えば、以前日本人の友だちにこんなことを聞かれました。「ねぇねぇ、コーシュー(広州)とコーシュー(杭州)は違う場所?」。中国人の私にとっては、

広州コウシュウ) → guǎng zhōu ≒ グアンヂョウ(英語表記 : Guangzhou)

抗州コウシュウ) → háng zhōu ≒ ハンヂョウ(英語表記 : Hangzhou)

……なので、まったく別の地名です!日本語では、漢字の音読みと訓読みがありますよね。音読みは中国伝来の音に近いものとされていますが、そのころの読み方は現代中国語とはかけ離れたものであったに違いありません。中国人の私が日本語を勉強したときには、「どうして漢字 1 文字にこんなににいろんな読み方があるの?!」(訓読みだけでも大変なのに、音読みも何種類もあったりする!)と思いましたが、逆に日本人はその音読みにひきずられて、本来の現代中国語の音は想像しにくいのだろうな……と感じました。でも、漢字を通じて「なんとなく」のレベルだけど、コミュニケーションが取れるのはいいことかもしれません。英語圏の人は、地名に関しては、英語表記が現代中国語にかなり近いので、ほぼ正しい地名を発音できます(細かいことを言えば、イントネーション – 声調 – が違ってたりしますが、まあ OK です)が、漢字になると難易度が高まるんですよね。

このブログで何回かご紹介していますが、中国語の発音は、日本語の音読みとはかなり(まったく?)違います。なので、地名だけではなく、中国の人名も日本で独自の読み方で呼ばれており、中国語の発音とはまったく違います。「もうたくとう(毛沢東)で通じる人が中国人にいるとすれば、恐らく日本で暮らしたことがある、または日本語に通じている人でしょう。「毛沢東」は、「マオ・ツートン」(Máo Zédōng / 英語表記 : Mao Tse-tung)です。日本に住んでいる毛さんは、きっとまわりの人から「モウさん、モウさん」と呼ばれているんでしょうね。最初は違和感があっても、聞き慣れてしまいますので、逆に中国に戻ったとき Mao と呼びかけられても自分のことだと気付かないなんてこともあるかも(恥ずかしい話、わたしにもありました……)。

小泉元首相は、いまだに韓国の「金」という姓を「きん」と呼んでいます。金大中は、現在ならば「キム・デジュン」ですが、昔ならば「きんだいちゅう」。1984 年まではそれが当たり前でした。それが 1984 年に当時の全斗煥(「ぜんとかん」改め「チョン・ドゥファン」)大統領との取り決めにより、現地の音韻に近い呼び方をするように改めたようです。しかし、中国に関しては、1972 年の田中角栄の日中国交回復の会談のときに、日中両国の人名は、おたがいの国での読み方を続けることで合意したそうです。なので、日本では、周恩来はいまだに「しゅうおんらい」であり、Zhōu Ēnlái(英語表記 : Chou En-lai)ではないのですね。

おまけ : 今回使わせていただいた写真は、中国雲南省の麗江市の風景。世界遺産にも認定されている美しい街並みですが、この「麗江」(日本では、「れいこう」)も「リージャン」(英語表記 : Lijiang)。読めますか?

photo : “The Infinity of China” by Trey Ratcliff


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